時刻は夜9時半を回っていた。だれた人形のようなサラリーマン達を掻き分け、JRのホームに降り立つ。この時ばかりは凱旋してきたような気がする。ファンファーレは電車の発射音だ。駅員にとってルーティンワークと化しているであろう駆け込み乗車を防止するアナウンスが聞こえる。大丈夫、だれも走り込む体力なんか持っていない。
降りたのは私だけだったようだ。満員電車から開放された余韻の中でぬるくなったペットボトルのコーヒーをあおった。朝7時に買った時にはキンキンに冷え、夏の暑さに反応するかのような結露を滴らせていたのに時間の経過でこうも不味くなるものなのか。夏半ばのムシムシとする駅のホームの階段を、ワイシャツの第2ボタンを人差し指で荒々しく外しながらかけ降りた。3つしかない改札の真ん中を選び事前に用意しておいたSuicaを滑らせるようにタッチした。残高は変わらない。定期は便利だ。
改札を出たところでそういえば何も食べていないことに気が付いた。腹が減った。食欲は素直でない子供のようだ。普段は何ともない振りをしてるくせにこっちがちょっとでも気を抜くと一気に暴れ出す。今の私のコントロール件は中枢神経ではない。胃だ。